〈建設論説〉 優先すべき課題を明確化せよ
2017/05/31記者の目/論説
建設メール
品確法運用指針で工事の性格などに応じた入札契約方式の選択・活用が「実施に努める事項」とされたことを受け、地方自治体が発注する公共事業でも多様な入札契約方式を取り入れる事例が増えてきた。特に数十年に一度発注するような大規模建築工事の場合、入札の不調・不落が相次いだ教訓から、発注関係事務を委託するCM方式や設計・施工一括方式、設計段階から施工者が関与するECI方式を導入することで、当初計画どおりの事業完了を目指す自治体も目立つ。
多くの自治体が懸念するのは発注者としての知識や経験、人員不足に加えて、基本計画段階から膨らむ事業費の抑制を含めた円滑な事業の推進だ。特に事業費に関しては決定時期を工夫し、各段階で変動する予算を適切に管理することが不可欠で、計画どおりに事業を進めるためには、発注者が優先すべき課題を明確にする必要がある。
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昨年度、国土交通省の多様な入札契約方式モデル事業の一つに選定された神奈川県小田原市の市民ホール建設事業は、一昨年に行った工事入札が不調となったことで事業方式を大幅に見直した。応札は1社で予定価格と入札金額に20億円以上の差があったことから当然の判断と言える。今後、設計者を重視した2段階方式の新たなデザインビルドプロポーザル方式で整備事業者を選定する。
土木工事とは異なり建築工事は民間の市場が大きく、民間建築の動向を正確に把握した上で公共建築の事業に反映させることは難しい。基本計画の時点で事業部局が予算を決定する点も問題で、予算の根拠に古い事例や構造が異なる事例の平均坪単価が採用されることで、精度が低くなると考えられる。
設計段階の課題もある。発注者の要求や住民からの要望を全て反映させると、当然ながら設計内容に予算との不均衡が生じる。実際に基本設計が完了した時点で設計者の概算事業費が発注者の予算を超えていることが明らかになった事例もある。本来は基本設計段階の精度を高めることが重要であるが、その重要性を理解していない発注者も存在する。
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予算決定後に労務費や資材の価格変動が生じ、工事入札時に見積価格と実勢価格に開きが出てしまうと、結果的にしわ寄せが行くのは施工業者だ。一昔前であれば今後の指名獲得を見越して赤字覚悟の受注を行った場合もあったが、時代は大きく変わった。実勢価格とかけ離れた予定価格が設定されれば入札の不調不落という結果が待っている。工事契約から3カ月後に建築許可が下りたという笑えない話もある。建築工事を主体とする、ある地域建設業の社長は「今までのようなお仕着せで仕事をやれと言われてもできない」と断言する。
地域の誇りとなるような数十年に一度の大規模建築工事は地元の期待も大きい。結果的に施設が完成すればいいというわけではなく、計画から設計・積算、入札契約、工事の各段階を通じて事業が円滑かつ公正に進む過程も重要であり、発注者も受注者も携わった仕事に自信と誇りを持つことができる。
国交省の有識者懇談会は近く公共建築事業の円滑な実施に向けた実践的な手引きをまとめる。また、公共建築工事の発注者の役割を示した解説書も完成した。ただ、いずれも有効活用されなければ意味がない。大事なことは発注者が何を優先するかである。事業費なのか、完成時期なのか、デザインなのか。そこを明確にすることが円滑な事業実施の近道になるはずだ。